舟舟(胡一舟)

舟舟

知的障害者でありながら世界中に、夢を与えてきたオーケストラ指揮者、胡一舟(舟舟)氏。

その活躍を支え続けている父、胡厚培氏

ダウン症という絶対的ハンディを背負いながらも懸命にチャレンジし続ける2人の姿は、NHKでも取り上げられ、同じ境遇の方々を始め、多くの方々に夢と希望を与えてくれています。

現在、胡さん親子は自分達の過ごしている日常の闘いを少しでも多くの方々に伝えることで中国は勿論、中国と日本の架け橋としてチャリティーコンサートや講演などの国際文化交流活動を積極的に行っています。

夢を諦めずに希望を持ち続ける事の大切さを教えてくれる胡さん親子を、私たち十二坊は、これからも一生懸命に応援していきたいと思います。

知能障害者から天才へ――舟舟物語

舟舟は誰?

本名 :
胡一舟、 1978 年 4 月 1 日生まれ、 IQ40 未満の知能障碍児
職業 :
中国身体障害者芸術団終身指揮者
職業 :
ノートで落書きするのが好きだが、文字の読み書きも算数もできない。
トランプ:誰も分からない遊び方
テレビ番組:動物番組、ドラマ西遊記、エンターテイメント番組
好きな食べ物 :
フライドチキン、コーラ、チョコレート

舟舟の成長

エイプリルフールの日、胡厚培・張恵琴夫婦の長男として武漢市の病院で生まれた。生後一ヵ月未満の舟舟が肺炎を患い病院で検査を受けた時、知能障碍の事実を医者から告げられた。夫婦が絶望に陥り、苦しい選択が迫られる中、母親は舟舟を連れて自殺を図ったこともあるが、結局一生面倒を見てあげる覚悟をして養育していくことを決心。 1981年7月、長女張弦が誕生。両親が共働きのため、赤ん坊時代の舟舟は祖母に育てられる時間が長かった。

少年時代に学校に行けなかった舟舟は自由に遊べたが、いじめや差別を受けたことも少なくなかった。舟舟を育てる過程で、一番苦労したのはやはり生活自立能力の訓練。靴紐結びや箸使いの訓練だけで一年以上もかかった。

舟舟は赤ん坊の頃から音楽への興味を示した。父親は武漢歌舞劇団の団員(チェロ奏者)のため、舟舟は芸術的雰囲気が濃厚な劇団構内で育ち、 3 歳から父親に交響楽団の稽古場に連れ込まれ、そこで楽団の演奏を聴き、音楽の世界に浸りながら、幼年と少年時代を過ごした。

初めての指揮

夏のある午後、リハーサルの休憩時間に、いつものようにホールの一角に座っていた 6 歳の舟舟は楽団の首席バイオリニストからの一言の冗談っぽい誘いで、初めて指揮棒を手に取って「カルメン序曲」の指揮を果した。それ以降、舟舟は指揮の世界にのめり込んだ。父親が箸で作ってくれた指揮棒は十数年間も身を離さなかった。繁華街で、舟舟少年はレコード屋さんが流す音楽に合わせて道端で指揮をしたりして、すっかり指揮に夢中。少年指揮者舟舟は地元でちょっとした有名人になった。

人生の転換点

1995 年、湖北省テレビ局ディレクターの張以慶さんは劇団のリハーサルホールで偶然に出会った。二年後、張は舟舟の父親の同意をもらって、ドキュメンタリー番組「舟舟の世界」を制作した。 1998 年に湖北テレビで放送された後、中央テレビ (CCTV) でも再放送された。舟舟の人生もこの番組によって大きく転換した。

デビュー

「舟舟の世界」が大きな反響を引き起こした。中国身体障害者連合会国際部課長の費薇課長も感動を覚えた一人。ちょうどその頃、連合会は「 1999 年迎春招待公演」の準備を急いでいたため、連合会の理事はこの番組を観て即座に舟舟を招くことにした。 1999 年 1 月、舟舟は上京し、初めて燕尾服を身に纏い、保利劇院の舞台に立った。国の指導者と各国の大使の前で、舟舟は中国オペラ・バレエ交響楽団を指揮して、見事に初の舞台をこなした。各メディア一斉の報道で、舟舟は再び注目を浴びた。その後、全国各地で公演を行い、至る所で大きなブームを呼んだ。

より大きな舞台へ

2000 年 5 月 19 日、舟舟はより人民大会堂で、中国で最も有名な交響楽団――中国オペラ交響楽団を指揮することができた。大物スターが揃った今回の「パラリンピック中国慈善公演」で、舟舟の指揮は大成功を収め、中央テレビのニュースは「舟舟の指揮はステージにクライマックスをもたらした」と称えた。公演の前に、中央テレビの看板トーク番組「実話実説」に出演していたので( 2000 年 2 月)、舟舟の名は既に全国の人々に知られていた。

訪米公演

2000 年 9 月、米キャシー児童基金会の招きで、中国身体障害者連合会芸術団はアメリカ巡回公演の旅に立った。それに先立ち、芸術団は北京で江沢民主席の前で報告公演を行い、舟舟は江主席から称賛され、サインをもらった。公演の準備期間中に、舟舟は中国トップ指揮者の蒋燮斌さんから集中指導を受け、レベルをさらにアップさせた。芸術団はワシントン、ニューヨーク、サンフランシスコ、ソルトレークシティ、ハワイなど 6 都市で 10 回の公演を行い、そのうち、舟舟はワシントンケネディ芸術センターでアメリカ国家交響楽団を指揮して「星条旗よ永遠なれ」を演奏し、ニューヨークカーネギホールで シンシナティー交響楽団を指揮し、いずれも成功を収めた。世界最高の芸術殿堂で指揮することは、中国人にとって前人未到な快挙で舟舟は世界に名を馳せた。

舟舟を巡る議論

近年来、舟舟は国内外で二百回以上の公演をこなしてきたが、舟舟を巡る議論も一度も消えたことはない。一流の楽団は知能障害者の指揮に従わなければならないというのはおかしいと思う人もいるが、実際に舟舟の指揮を見た人は殆ど衝撃と感動を覚えたという。普段は碌に喋ることすらできない舟舟は一旦指揮棒を手に舞台に登ると、まったく別人になったみたいに、実際の年齢に似合った成熟ぶりを見せてくれる。舟舟に指導した蒋燮斌さんは「舟舟の指揮はすべての雑念を排除できて、純粋の美を見せている」と評価した。中国身体障害者連合会会長のトウ樸方は「舟舟は確かに知能障害者だが、音楽には独特な理解力と生れつきの才能を持っている。彼は芸術を汚していない」と話した。一方、舟舟は楽譜も読めないから、音楽を理解していない、単なる模倣をしているに過ぎないと異議を持っている音楽者もいる。しかし、実際に専門家は舟舟に対して検査と研究を行った結果、「 IQ は低下だが、音楽の潜在能力も持っている。舟舟の頭に音楽がある。舟舟の指揮は簡単な模倣ではない」という医学的な結論を出した。

舟舟の価値

中国の知能障害者は 200 万人を超えているという。知能障害者には模倣好きで、リズム感がよく、音楽歌舞に興味を持っているという特徴があると言われる。従って、舟舟が指揮者になったことは奇跡ではなく、ただ自分が持っている潜在能力を発揮させただけだと言える。勿論、数多くの知能障害者の中で、舟舟は幸運児で、幼い頃から音楽の薫陶を受けて、そしてチャンスに恵まれて音楽の頂点に登りつめたのだ。舟舟の成功は、知能障害者は社会の負担ではなく、彼らにもそれなりの能力と天賦を持っていて、社会に役立てることを証明した。舟舟の成功は多くの知能障害者の親を励まし、彼らに新たな希望と自信を与えている。

舟舟の現状と家族

現在、父親は定年退職して舟舟の世話をしている。母親は乳がんで手術を受けたが、今も病魔と戦っている。大学卒業を控えている妹は、将来舟舟の面倒を見なければいけないと小さい頃から父親に教え込まれてきた。舟舟自身も少し成長して、特に生活自立の面で前よりだいぶよくなっている。そして、毎日必ず3~4時間以上、指揮の練習をする。

舟舟

舟舟からのメッセージ

舟舟のお父さん(胡 厚培氏)

舟舟のお父さん(胡 厚培氏)からのメッセージ

舟舟
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舟舟
舟舟
舟舟
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舟舟
舟舟
舟舟
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